序章:東レの決断と背景
東レは、2026年度までにテレフタル酸(TPA)の生産から撤退する方針を発表した。TPAはポリエステル繊維やPET樹脂の主要原料であり、日本国内では数少ない生産拠点の一つとして供給を支えてきた。しかし、世界的なTPAの供給過剰やコスト競争の激化を受け、東レは同事業の継続が難しいと判断したとみられる。
日本国内のTPA生産は縮小の一途をたどっており、過去には三菱化学もTPAの生産から撤退している。この度の東レの撤退により、日本のTPA供給は完全に輸入に依存することなる。化学業界全体に影響を与えることは避けられない。
国内サプライチェーンへの影響
TPAは、主にパラキシレン(PX)を酸化して製造される化学品であり、ポリエステル繊維やPET樹脂、PBT樹脂の原料として不可欠な存在である。
東レが撤退することで、国内でのTPA生産がなくなり、日本の化学メーカーはTPAの調達をすべて海外に依存することになる。主な影響として以下の点が挙げられる。
- コスト上昇リスク:輸入依存度が高まることで、TPA価格が国際市況の影響を受けやすくなる。特に中国・インドの大手メーカーが市場を支配しているため、価格変動リスクが増大する。
- 供給安定性の問題:サプライチェーンの複雑化により、輸送コストの増加や物流の混乱が懸念される。国際情勢や輸送トラブルがTPAの安定供給に影響を与える可能性がある。
- ポリエステル産業への影響:東レ自身もポリエステル繊維やPBT樹脂を製造しており、これまで自社供給していたTPAを外部から調達する必要が生じる。国内メーカー全体として、TPAの価格上昇が製品価格に転嫁される可能性がある。
- PETボトル産業への影響:PETボトルの主要原料であるTPAが海外依存となることで、ボトルメーカーのコスト負担が増加する可能性がある。特に、食品・飲料業界ではPETボトルの価格上昇が避けられず、製品価格の上昇につながるリスクがある。また、リサイクルPETの活用が進む中、国内での新規TPA供給がなくなることでリサイクル素材の利用比率をさらに高める必要が生じる。
競争環境の変化:海外メーカーの動向
東レの撤退により、日本のTPA市場は完全に海外メーカーに依存する形となる。現在、TPA市場での主要なプレーヤーは以下の通り。
- 中国(浙江石油化工、恒力石化、逸盛石化など):TPAの世界最大の供給国であり、価格競争力が非常に高い。
- インド(RIL、IVLなど):アジア市場で存在感を高めており、TPAの生産能力を拡大中。
- 韓国(LOTTE Chemicalなど):日本向け輸出のシェアを持つが、中国の台頭で競争が厳しくなっている。
日本の化学メーカーは、TPA調達のために中国・インドのメーカーと契約を結ぶ必要がある。しかし、中国のTPA市場は環境規制の強化による生産制限や政府の政策による影響を受ける可能性があり、今後の供給体制には不確実性が伴う。
今後の展望と業界の対応策
東レのTPA撤退を受け、国内の化学業界は以下のような対応を迫られる。
- TPAの安定調達の確保
- 海外メーカーとの長期契約締結による安定調達
- 物流の最適化(港湾施設の活用、輸送網の強化)
- 代替材料の開発・活用
- バイオマス由来のTPAやリサイクルPETからのTPA回収技術の開発
- ポリエステル繊維・樹脂の代替材料(PBT以外のエンジニアリングプラスチックなど)の検討
- 事業ポートフォリオの見直し
- TPA依存度の高い事業のリスク分散
- 高機能樹脂や炭素繊維など、より付加価値の高い分野へのシフト
- 環境対応と持続可能な成長
- カーボンニュートラルを見据えた低炭素製造プロセスの導入
- 循環型経済(リサイクルPET活用)へのシフト
結論
東レのTPA撤退は、日本の化学業界にとって大きな転換点となる。国内生産の終了により、輸入依存度が高まり、コストや供給安定性の面で新たな課題が浮上する。一方で、これは化学メーカーにとって、事業構造の見直しや新たな成長分野への転換を進める契機ともなる。
東レはTPA撤退後もポリエステル関連事業を継続するとみられるが、より高付加価値な分野へシフトすることで競争力を維持する戦略が求められる。日本の化学業界全体としても、環境対応や持続可能なサプライチェーンの確立に向けた取り組みを加速することが急務である。

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